高周波回路に使うコンデンサやコイルなどを NanoVNA で測定するための治具を作ろうと思います。こちらの記事を参考にさせていただきました。ありがとうございます。
ですが、その前に。
マイクロストリップラインってなに?
マイクロストリップライン (MSL) とは、プリント基板上の高周波伝送線路のことです。ググるとたくさんの詳しい記事をみつけられます。毎度すみませんが、そちらを参考にどうぞ。
治具を作るのは難しくなさそうです。でもそれがどのように機能するのか。特性インピーダンスは 50Ω になるのか。今回は、治具の基本になるマイクロストリップラインを作って、その特性インピーダンスを NanoVNA で測定してみることにしましょう。
マイクロストリップラインの製作
製作
基板はサンハヤトの「銅張積層基板 (No.31R)」ガラスエポキシ (FR-4) 両面基板で、厚さ 1.6mm、銅張厚 35μm です。比誘電率は定かでないのですが、一般に 4.6 とされているようです。
基板を 20x40mm にカットし、中央に 3.5mm 幅のラインを残して周囲を剥離します。裏面はベタのままグランドとします。両端に SMA エッジマウントコネクタをハンダ付けして、はい出来上がり。

いや〜、そんな簡単じゃなかったですよ。
ガラスエポキシは簡単に切断できない。ダイヤモンドカッターとかレーザーカッターとか、そんな洒落たもの持ってないので、カッターナイフでひたすらゴリゴリ切りました。せめてアクリルカッター買ってこいや。
3.5mm のラインを切る。これもカッターナイフでやりましたが、厚さ 35μm ってどれくらい? 慣れれば感触でわかるかもですが、初めての作業は暗中模索。不要部分の銅箔は、ハンダゴテでこすりながら加熱すると剥がれます。カッターで切った部分にはバリがでますのでステンレスウールで磨くといいらしいのですが、そんなもの、ないです。#1000 のサンドペーパーがあったのでこれで処理しました。
あれ? 3.5mm 幅だとコネクタのグランドが接触する… 基板の隅に少し隙間をあけないとグランドとショートする…
いろいろ細かいノウハウがありそうです。何回か製作したら上手になりますかねぇ。
特性インピーダンスの計算値
マイクロストリップラインの特性インピーダンスは、こちらのサイトで計算しました。
線路幅 3.5mm、基板厚み 1.6mm、電極厚み 0.035mm、基板の比誘電率 4.6、周波数 0.5GHz として計算すると、特性インピーダンスは 44.9179Ω、実効比誘電率 3.50232、波長 320.386mm となりました。
周波数 0.5GHz の波長は 299.792/0.5=599.584[mm] ですから、波長短縮率は 0.534 です。これは実効比誘電率より 1/√3.50232=0.534 と計算することもできます。
なお、特性インピーダンスが 50Ω になる線路幅は約 2.9mm でした。
概算では基板厚の 2 倍の幅で 50Ω、1 倍で 70Ω だそうです。基板厚が 1.6mm なら線路幅 3.2mm で 50Ω ですね。覚えておくと便利かも。
NanoVNA のキャリブレーション
NanoVNA で測定を行ないますが、まず行わなければならないのがキャリブレーションです。手順をおさらいしておきましょう。
周波数範囲の設定
まず、測定周波数の範囲を設定しますが、今回は 100MHz~900MHz としました。俺の使っている NanoVNA はステップ数が 101 (固定) ですので、8MHz おきの測定となります。
- STIMULUS / START = 100M
- STIMULUS / STOP = 900M
トレースの設定
トレースに何を表示させるかも設定しておきましょう。キャリブレーションと一緒に保存されます。
今回はインピーダンスと反射係数を測定しようと思うので、レジスタンスとリアクタンス、反射係数面を表示させました。
- TRACE 0 : DISPLAY / FORMAT / →MORE / RESISTANCE
- TRACE 1 : DISPLAY / FORMAT / →MORE / REACTANCE
- TRACE 2 : DISPLAY / FORMAT / →MORE / POLAR
反射係数面はスミスチャート (DISPLAY / FORMAT / SMITH) でもいいのですが、その場合は反射係数を表示 (MARKER / SMITH VALUE / Re+Im) するようにします。また、表示スケール (DISPLAY / SCALE / SCALE/DIV) もトレースが見やすい値に変更しておくと良いです。今回は、レジスタンスとリアクタンスを 300、反射係数面を 1.0 としました。
ちなみに、周波数範囲を変更するとキャリブレーションし直さないといけませんが、表示はいつでも変更できます。いろいろ試してみるといいですね。
キャリブレーションする
測定周波数範囲の設定ができたらキャリブレーションを行ないます。CH0 にピグテールと中継コネクタを接続しました。

- 現在のキャリブレーション状態をリセットする CAL / RESET
- CAL / CALIBRATE を選択
- OPEN 標準プラグを接続し OPEN をタップ
- SHORT 標準プラグを接続し SHORT をタップ
- LOAD 標準プラグを接続し LOAD をタップ
- DONE をタップ
- SAVEn (nは 0~6) をタップして保存
キャリブレーション基準面は中継コネクタの先端です。OPEN で反射係数が 1+j0、SHORT で -1+j0、50Ω で 0+j0 となることを確認しておきます。多少の誤差はおおらかに、ね。
Electrical Delay で補正する
マイクロストリップラインを接続するために中継コネクタを取り外します。すると、ピグテールの先端はオープンですが、反射係数が 0.970+j0.242 と誤差が生じました。これは、キャリブレーションした基準面とピグテールの先端 (測定面) とが異なってしまったためです。

そこで、Electrical Delay を入力して誤差を補正します。DISPLAY / SCALE / ELECTRICAL DELAY に、今回は -78.0ps (ピコ秒) を入力してほぼ 1+j0 になりました。

ちなみに、Electrical Delay は、測定面がキャリブレーション面より NanoVNA に近づくときはマイナスの値、逆に負荷側へ遠ざかるときはプラスの値を入力します(*1)。入力する値は補正する長さに対する往復の伝送時間ですが、カットアンドトライで決定します。長さ表示 -15.6mm は補正された往復距離を示しています。ただし、速度係数 (波長短縮率) を設定しないと正確な値になりません。ここでは参考値程度に考えておきましょう。
以上で、キャリブレーションと表示などの設定が完了です。
マイクロストリップラインの測定
できあがった治具の基本となるマイクロストリップラインを測定していきます。
NanoVNA に接続したピグテールにマイクロストリップラインを接続します。ピグテールの先端、マイクロストリップラインの始端 (入力側) が測定の基準面です。終端 (出力側) にはキャリブレーションで使用するプラグを取り付けます。図 5 ではショートプラグが取り付けられていますが、治具として測定を行なうときには 50Ω で終端します。

波長短縮率
図 6 は、終端をショートしたマイクロストリップラインのトレースです。マーカー(1) は 756MHzを示しています。(図 5 と同じです)
756MHz でレジスタンス (黄) が最大になり、リアクタンス (青) の軌跡は誘導性から容量性へ変化、反射係数 (緑) はほぼ 1+j0 でオープンの状態です。
これは、マイクロストリップラインが共振している状態、ちょうど λ/4 のショートスタブになっていて、終端がショートされていますが始端からはオープンにみえている状態です。
周波数 756MHz の波長は 299.792/0.756=396.550[mm]、λ/4 は 99.138mm です。この波長で共振しているのですが、マイクロストリップラインの長さはコネクタを含めた実測値で 56mm でしたから、波長短縮率は 56/99.138=0.565 ということになります。波長短縮率の計算値は 0.534 で、近い値になりました。
また、実効比誘電率は 1/0.5652=3.133 です。計算値は 3.50232 でした
マイクロストリップライン内の波長 (管内波長) λg、自由空間の波長 λ、実効誘電率 εe とすると、
λg/λ=1/√εe
εe=1/(λg/λ)2
特性インピーダンス
この治具を使用するのはアマチュアバンドの 144MHz 帯と 430MHz 帯の予定です。そこで、呼出周波数に近い周波数として、436MHz と 148MHz の二点で特性インピーダンスを測定してみます。
特性インピーダンスの測定はオープンショート法で行ないます。オープンショート法とは、終端をショートした時とオープンにした時の入力インピーダンスから伝送路の特性インピーダンスを求める方法です。
436MHz での特性インピーダンス
終端ショート
図 7 は終端ショート時のトレースです。436MHz にマーカー(2) を置きましたが、反射係数面のマーカーはディスプレイの上部分に隠れてしまっています。
反射係数は ΓSH=0.128+j0.970、インピーダンスで ZSH=1.24+j57.0[Ω] でした。
測定値やトレースからわかるようにマイクロストリップラインは誘導性です。伝送路の長さが λ/4 以下のショートスタブは、始端からはインダクタにみえるということです。
反射係数を Γ、線路特性インピーダンスを Z0 、負荷インピーダンスを ZL とすると
ZL=Z0(1+Γ)/(1-Γ)
反射係数 Γ=0.128+j0.970 をインピーダンス ZL に換算すると、
ZL=50x(1+0.128+j0.970)/(1-0.128-j0.970)=1.255+j57.016 [Ω]
NanoVNA の表示とほぼ一致します。NanoVNA 内部でも同様の換算がされていると思います。
終端オープン
図 8 は終端オープン時のトレースです。マーカー(2) が 436MHz を示しています。
反射係数 ΓOP=-0.245-j0.923、インピーダンス ZOP=1.83-j38.2[Ω] でした。
伝送路が λ/4 以下のオープンスタブは容量性で、始端からはキャパシタにみえています。
ちなみに、756MHz マーカー(1) では λ/4 オープンスタブとなっています。トレースからわかるようにレジスタンスもリアクタンスもほぼ 0 で、終端はオープンですが始端からはショートにみえています。
特性インピーダンスの算出
436MHz におけるマイクロストリップラインの特性インピーダンスを求めてみましょう。
終端ショート時の入力インピーダンスを ZSH、オープン時を ZOP とすると、伝送路の特性インピーダンス Z0 は、
Z0=√(ZSH・ZOP)
です。これを複素数のまま計算するのは面倒なので、それぞれの絶対値から計算します。
|ZSH|=√(1.242+57.02)=57.013 [Ω]
|ZOP|=√(1.832+38.22)=38.244 [Ω]
|Z0|=√(57.013x38.244)=46.695 [Ω]
ということで、436MHz でのストリップラインの特性インピーダンスは 46.695Ω となりました。計算値は 44.9179Ω でしたので、十分近い値になっていると思います。
数学のお勉強として、複素数のまま計算してみました。複素数の平方根がちょっと難しいです。
ZSH=1.24+j57.0[Ω], ZOP=1.83-j38.2[Ω] のとき
Z02=ZSH・ZOP=(1.24+j57.0)(1.83-j38.2)=2179.669+j56.942
複素平面上において Z02=(r,θ) とすると Z0=(√r,θ/2) である(*2) (r:動径、θ:偏角)
r=√(2179.6692+56.9422)=2180.413 , θ=tan-1(56.942/2179.669)=1.496463°
ゆえに Z0=(46.695, 0.748232°)=46.695(cos0.748232°+jsin0.748232°)=46.691+j0.610 [Ω]
特性インピーダンスは |Z0|=√(46.6912+0.6102)=46.695 [Ω] で、上の計算と合致します。
(√r,θ/2+180°)
も解だけど、伝送路としてはレジスタンスがマイナスになるので除外しました。終端 50Ω
図 9 は終端に 50Ω を取り付けたときのトレースです。マーカー(2) が 436MHz を示しています。
反射係数は Γ50= -0.052-j0.054、インピーダンスZ50=44.7-j4.89 [Ω] でした。
|Z50|=44.967[Ω] で、この値が終端負荷 50Ω のときの入力インピーダンスとなります。
VSWR を計算してみましょう。
|Γ50|=√(0.0522+0.0542)=0.0749667
VSWR=(1+|Γ50|)/(1-|Γ50|)=(1+0.0749667)/(1-0.0749667)=1.162
どうでしょうか。そこそこいい値だし、測定周波数の範囲でレジスタンスもリアクタンスもほぼ一定だし、いい感じじゃないでしょうかねぇ。なお、今回は表示させていませんが、VSWR も NanoVNA で測定できます (DISPLAY / FORMAT / SWR)。計算しなくても求められますよ。
148MHz での特性インピーダンス
終端ショート
図 10 は終端ショート時のトレースです。マーカー(3) が 148MHz を示しています。
反射係数 ΓSH=-0.839+j0.524、インピーダンス ZSH=0.284+j14.3[Ω] でした。
周波数が低くストリップラインの長さが波長に対して無視できる程度になってきているので、反射係数も -1 (ショート) に近づいています。
終端オープン
図 11 は終端オープン時のトレースです。マーカー(3) が 148MHz を示しています。
反射係数 ΓOP=0.790-j0.614、インピーダンス ZOP=-0.230-j145[Ω] でした。
こちらは反射係数が 1 (オープン) に近づいています。周波数が下がるとさらにリアクタンスが大きくなっていくことが、トレースから窺えますね。
特性インピーダンスの算出
マイクロストリップラインの特性インピーダンスを求めます。
|ZSH|=√(0.2842+14.32)=14.303 [Ω]
|ZOP|=√(0.2302+1452)=145.000 [Ω]
|Z0|=√(14.303x145.000)=45.540 [Ω]
148MHz でのストリップラインの特性インピーダンスは 45.540Ω となりました。計算値は 44.9179Ω ですから、438MHz よりも計算値に近くなっているようです。
終端 50Ω
図 12 は終端を 50Ω としたときのトレースです。マーカー(3) が 148MHz を示しています。
反射係数 Γ50=-0.009-j0.029、インピーダンス Z50=48.9-j2.93[Ω] です。
入力インピーダンス |Z50|=48.988[Ω]、VSWR=1.063 となりました。もう十分な値ではないでしょうか。
負荷インピーダンス ZL、線路特性インピーダンス Z0 のとき、電気長 l
離れたところからみた入力インピーダンス Zin は、
Zin=Z0(ZL+jZ0tanβl)/(Z0+jZLtanβl) ただし、β=2π/λ (位相定数)
終端ショート ZL=0 のとき入力インピーダンス ZSH は ZSH=jZ0tanβl
終端オープン ZL=∞ のとき入力インピーダンス ZOP は ZOP=-jZ0/tanβl
となるから、
ZSH・ZOP=jZ0tanβl・(-jZ0/tanβl)=Z02
ゆえに Z0=√(ZSH・ZOP)
後記
今回は、NanoVNA でコンデンサやコイルなどを測定するための治具の基本部分として、マイクロストリップラインを製作し、その特性インピーダンスなどを測定してみました。初めてとしてはまぁ、それなりの出来になったと思います。
最初は、マイクロストリップラインが 50Ω になっているかを確かめようと始めたのですが、実際に測定してみると共振する周波数 (756MHz) があることがわかりました。そこで初めて、それがいわゆる「λ/4 スタブ」だと気付いたんですね。教科書などをみてわかっていたつもりなのですが、やっぱり実際に測定してみると腑に落ちる。
共振点から周波数を下げていくということは、スタブの長さが λ/4 以下に短くなっていくということ。そのときにショートスタブ (図 10) はインダクタとして、オープンスタブ (図 11) はキャパシタとして働く。スタブの長さが短くなっていくと、反射係数面やスミスチャート上で反時計回りの軌跡を描く。周波数を上げていくと時計回りの軌跡を描く。それは負荷からの距離によってインピーダンスが変化するということ。などなど …
それから、複素数の計算をたくさんしました。極形式とかオイラーの公式とかもでてきましたねぇ。じじいの頭は痺れています。
さて、もう少しラインの幅を削ったら、特性インピーダンスを 50Ω にさらに近づけられるでしょうか? でも、これから修正加工するのはなかなか難しい。一休みして、少し考えてみましょうか。